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2022.09.
07

『太閤検地』と登記・課税の歴史

土地

その他

今日は、少し脱線して、

「登記(土地記録)と課税」の歴史的なお話

をしたいと思います。

(専門家ではないので、多少の間違いはお許しください)

 

日本の歴史は

「日本書紀」の編纂

から始まります。

今から1500年前、

7世紀の出来事です。

 

何があったのか。

その時の政権(朝廷)が、

中国から「律令制」を導入して

中央主権国家

作ろうとしたのです。

 

その内容は、

「土地(農地などの生産地)と

領民(労働者)はすべて

天皇(朝廷)のものだ」

というものでした。

 

教科書で習った

「公地公民」です。

 

でも、

それは長くは続きませんでした。

 

それは、

その頃の朝廷が支配できたのが

近畿のごく一部だけで、

日本の多くの土地は、大勢の豪族が私有していた

からです。

 

その後、豪族たちは

天皇の臣下になっていきます。

でもそれは「土地の私有(荘園)」

許してくれたからでした。

 

なので、朝廷は、どこに、

どんな土地(生産地)があるか

正確には知りませんでした。

全部、私有地の支配者任せで、

闇に包まれていたのです。

 

そんな時代が

約800年間も

続きました。

 

その時代を変えたのは、

あの豊臣秀吉です。

 

全国を統一した秀吉は、

日本中の土地(生産地)を

全て測量し、登録しました。

 

これが有名な

『太閤検地』です。

 

こうして、

日本中の土地の生産高が明らかになり、

政府の課税権は強化されました。

 

この制度は、

徳川家康に引き継がれました。

 

さらに時は進み、

明治政府の基礎資料になって、

現在、我々が利用している

登記制度や土地課税に

直接つながっています。

 

このように歴史を見てくると、

「登記(土地記録)」制度は、国の根幹にかかわる制度

で、とても重要なのが分かります。

 

しかも現代では、生産地よりも

住宅地などの私有地が主な対象です。

 

課税に関わる重要なことですから、

売買などの際にきっちりとした手続きで

整えていきたいものです。

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